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2026年08月05日 15:40
全日本プロレスは、日本時間8月5日に85歳で亡くなったドリー・ファンク・ジュニアさんへの追悼文をホームページに掲載した。 ドリーさんは弟・テリーさん(故人)とのタッグ「ザ・ファンクス」として絶大な人気を博し、70年〜80年代に王道マットで活躍。2013年10月からは全日本の王座の管理、認定を行うPWFの4代目会長に就任しており、24年9月に3冠ヘビー級王座戦(王者・青柳優馬VS宮原健斗)が行われた際には会長として会見に同席した。 団体は公式ホームページにお悔やみを掲載。「四代目PWF会長ドリー・ファンク・ジュニアさんが日本時間2026年8月5日、85歳でご逝去されました。ドリー・ファンク・ジュニアさんの訃報に接し、全日本プロレス所属選手・スタッフ一同、哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈りいたします」とつづった。
2026年08月05日 17:13
LLPW―Xのミスター女子プロレス神取忍が5日、11月2日にKanadevia Hall(旧 東京ドームシティホール)で40周年記念大会を開催することを発表した。
神取は柔道の世界選手権銅メダリストという肩書を引っ提げ、1986年8月17日、ジャパン女子プロレスの旗揚げ戦でデビュー。以降、ジャッキー佐藤さんや北斗晶らを相手に数々の伝説的な戦いを繰り広げ、トップ選手の地位を築いた。40年たった今も第一線でリングに上がり続けている。大会のサブタイトルには「〜40年の挑戦!折れない心で!伝統は未来へ!〜」が付けられている。
神取は「今年、プロレス人生40周年という大きな節目を迎えることができました。40年という時間は決して簡単な道のりではありませんでした。数え切れないほどの試練や怪我、苦しい時期もありましたが、そのたびにリングへ戻り、闘い続けてきました」と思いを語る。
「40周年記念大会は、これまで支えてくださったファンの皆様、スポンサーの皆様、関係者の皆様への感謝をお伝えする大会であると同時に、女子プロレスの未来へバトンをつなぐ大会にしたいと思っています。リングに上がる以上、40周年だからといって思い出を語るつもりはありません。年齢は、挑戦を諦める理由にはなりません。何歳になっても、自分を信じて一歩前へ踏み出してほしい。挑戦する気持ちさえあれば、人はいつからでも変われます。私自身が、その姿をリングで証明したいと思っています。11月2日、Kanadevia Hallで皆さんと新たな伝説を創り上げたいと思います」と意欲を語った。
注目の大会となりそうだ。
2026年08月05日 16:22
全日本プロレス夏の祭典「ゼンニチJr.フェスティバル 2026」の記者会見が5日都内で行われ、前年度覇者の青柳亮生(26)が欠場することが発表された。
Bブロックから出場する予定だった亮生は2日の立川大会で左ヒザ前十字靭帯を損傷。リーグ戦全戦を含め当面の試合を欠場することとなった。ともにアジアタッグ王座を保持するパートナーのライジングHAYATOからは「復帰の時期も未定だから、このアジアタッグを返上させてもらうよ」とベルト返上が告げられた。
その上でHAYATOは「亮生がやりたかったことをかなえてあげるのが今の俺にできること。大森北斗、絶対に決勝に上がって来い。そこで潰す」と開幕前から亮生と舌戦を繰り広げていた北斗に照準を定めた。
代替選手としてはドラゴンゲートの望月成晃の出場が決定。マイクを握ると「青柳亮生選手の代打ということで今回出させていただきます。この話を聞いたときに非常に驚きと興奮を覚えました。ほとんどがこのブロック、約1名(土井成樹)を除いて初対戦の人たちばかり。元気のあるところを見せて、ここに元気な50代がいるというところを見せたいと思います」と意気込んでいた。
一方、現世界ジュニア王者の田村男児は昨年覇者の不在に「ケガはハイフライヤーの宿命じゃないけど、しょうがないもの」と見解を示す。「(欠場が)どのぐらいになるのかわからないけどしっかり休んでもらってまたジュニア戦線を一緒に戦っていきたい」とメッセージを送っていた。
2026年08月05日 15:40
全日本プロレスは、日本時間8月5日に85歳で亡くなったドリー・ファンク・ジュニアさんへの追悼文をホームページに掲載した。
ドリーさんは弟・テリーさん(故人)とのタッグ「ザ・ファンクス」として絶大な人気を博し、70年〜80年代に王道マットで活躍。2013年10月からは全日本の王座の管理、認定を行うPWFの4代目会長に就任しており、24年9月に3冠ヘビー級王座戦(王者・青柳優馬VS宮原健斗)が行われた際には会長として会見に同席した。
団体は公式ホームページにお悔やみを掲載。「四代目PWF会長ドリー・ファンク・ジュニアさんが日本時間2026年8月5日、85歳でご逝去されました。ドリー・ファンク・ジュニアさんの訃報に接し、全日本プロレス所属選手・スタッフ一同、哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈りいたします」とつづった。
2026年08月05日 15:09
新日本プロレスは5日、85歳で亡くなったプロレス界の大レジェンド、ドリー・ファンク・ジュニアさんを追悼した。
2026年08月05日 13:57
全日本プロレスは5日、公式サイトなどで85歳で亡くなった日米のプロレス界でトップレスラーとして活躍した元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんを追悼した。
ドリーさんはジャイアント馬場さんが団体を旗揚げした1972年10月からレスラーとして外国人レスラーを招聘(しょうへい)するブッカーとしてリング内外で王道マットの発展に貢献してきた。
2013年からはPWF会長に就任し今年で旗揚げ54年を迎える団体を支えてきた。
全日本は「四代目PWF会長ドリー・ファンク・ジュニアさんが日本時間2026年8月5日、85歳でご逝去されました。ドリー・ファンク・ジュニアさんの訃報に接し、全日本プロレス所属選手・スタッフ一同、哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈りいたします」と追悼した。
2026年08月05日 13:35
新日本プロレスは5日、公式サイトなどで85歳で亡くなった日米のプロレス界でトップレスラーとして活躍した元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんを追悼した。
新日本プロレスはドリーさんの功績とプロレス人生を紹介。そして「新日本プロレスのリングとは長らく縁がなかったものの、2001年10月に初参戦をはたす。10.8東京ドーム大会ではザ・ファンクスを結成し、藤波辰爾&ボブ・バックランド組との夢の対決を実現させた。2009年には兄弟揃ってWWE殿堂入りをはたしている」と伝え「謹んで、ドリー・ファンク・ジュニアさんのご冥福をお祈りいたします」としのんだ。
2026年08月05日 13:27
◆全日本プロレス「全日本プロレス祭り2026」(2日、東京・ドーム立川立飛)観衆880人(札止め)
全日本プロレスは2日、東京・立川市のドーム立川立飛で「全日本プロレス祭り2026」を開催した。
前売券が全席完売となった大会。メインイベントの「Road to ゼンニチJr.フェスティバル ランブル 2026」は、レオン・デ・オロ、MUSASHI、“ミスター斉藤”土井成樹、田村男児、立花誠吾、ライジングHAYATO、小藤将太、大森北斗、青柳亮生、吉岡世起、矢野安崇が出場。最後は吉岡と矢野が生き残り、23分41秒、クラッシュドライバーで吉岡が矢野を沈め、8・9後楽園で開幕する「ゼンニチJr.フェスティバル」へ勢いをつけた。
リング上でマイクを持った吉岡は「ジュニフェス、今年の夏、熱く闘い抜いて盛り上げて優勝するのは、この俺だ!」と宣言した。
そして、熊本市出身の吉岡は「令和8年熊本地震」を受け、同じ熊本市出身の潮崎豪をリングに呼び「被災された皆さまに心より…」と絶句し頭を下げた。
続けて「10年前にも大きな地震がありました。そこから復興し続けてきた矢先でのこの地震は、本当に悔しくて、ツラくてたまらないと思います。10年前はボクも熊本にいて被災しましたが、その日の衝撃はいまでもハッキリと覚えてます。でも、そこから10年、豪雨とか水害とか本当にいろんな苦難があったけど、熊本は立ち上がり続けて復興の道を歩んできました。ボクはその地元熊本を心から誇りに思います。だから今回も地震に熊本の人たちは、熊本は負けないし、何度でも立ち上がってくれるってボクは信じてます。だから皆さん、そんな熊本を応援してください。よろしくお願いします」と呼び掛けた。
潮崎もマイクを握り「皆さんご存じだと思いますけど、ホントにいま熊本は大変な状況に陥ってます。でも、いま吉岡が言ったように熊本は最後まであきらめず、最後まで立ち上がり続けます。そのために皆さんのチカラを少しでもいいので貸してください。皆さん一人ひとりの思いが熊本の大きな支えになります。熊本出身の吉岡と自分が募金箱を持って会場に立ちますので、皆さんの心を少しずつ、少しずつ熊本に届けたい、届けてきますので、皆さまご協力よろしくお願いします。頑張ってる人たちに『頑張れ』っていう言葉は自分は好きではないですけども、いま熊本に対する思いというのは、言葉はこれしか思いつかない。“がまだせ、熊本”。熊本弁なんですけども、“頑張れ、熊本”という意味です。皆さんの声を熊本に届けましょう。皆さん一緒に“がまだせ、熊本”を叫んでください」と呼び掛け、札止めの客席と一緒に「がまだせ、熊本!」を届けた。
2人はそのまま退場口に駆けつけこの日から始まった「熊本地震」への募金箱を手にしファンに支援をよびかけていた。
募金活動を終えた吉岡は改めて「ジュニフェス」優勝を宣言し「俺は負けられない理由ができた」と切り出し「俺は10年前、本震の日に別の団体ですけど、熊本大会で熊本にいて。俺は前震の日に帰って、帰って3時間、4時間後ぐらいに前震があって、そこから本震までいて。その震災で苦しむ人たちの姿を間近で見て来ました。そこからまた、ボランティア行ったりして。でもけっこう水害とかに悩まされてて、そういう人たちの姿を10年見続けてきて、それでまた震災っていう大きな危機ですけど。でも俺はこの危機も熊本の人たちなら乗り越えられるって信じてるんで。俺にできることなんてほんの小さいことかもしれないですよ。リングで闘ってそれだけかもしれないけど、こうやってチカラを貸してくれる人たちがいるんで、熊本の人たちに少しでも勇気やチカラを与えられたらと思います。俺もね、頑張ってる人たちに“頑張れ”って言うのは好きじゃないけど、でも10年前からこのキャッチフレーズはずっとあると思うんで、“がまだせ、熊本”っていうのを胸に俺は闘っていきます」と思いを打ち明けた。
◆8・2立川立飛大会全成績
▼第1試合 シングルマッチ 15分1本勝負
△小藤将太(引き分け)矢野安崇△
▼第2試合 タッグマッチ 20分1本勝負
〇青柳優馬、河野真幸(8分56秒 エンドゲーム)鈴木秀樹、芦野祥太郎●
▼第3試合 スペシャルタッグマッチ 30分1本勝負
斉藤ジュン、〇潮粼豪(15分07秒 豪腕ラリアット→体固め)斉藤レイ、関本大介●
▼第4試合 GAORA TVチャンピオンシップ 60分1本勝負
〇挑戦者・望月成晃(14分02秒 真・最強ハイキック→体固め)王者・羆嵐● VS
▼タッグマッチ 30分1本勝負
宮原健斗、〇本田竜輝(13分35秒 飛行機投げ固め)綾部蓮●、安齊勇馬
▼Road to ゼンニチJr.フェスティバル ランブル 2026 時間無制限1本勝負
〇吉岡世起(23分41秒 クラッシュドライバー→エビ固め)矢野安崇●
※退場順は、レオン・デ・オロ、MUSASHI、“ミスター斉藤”土井成樹、田村男児、立花誠吾、ライジングHAYATO、小藤将太、大森北斗、青柳亮生
2026年08月05日 13:03
プロレス界の“レジェンド”藤波辰爾が6日から新宿区の「アートコンプレックスセンター/ACT5」でCOUNT2.9presents 人間・藤波辰爾展」を開催する。
2026年08月05日 13:00
全日本プロレスの安齊勇馬(27)が4日、初の冠番組収録に挑んだ。
安齊が出演したのは「GAORA SPORTS」で8月14日に放送・配信される「安齊勇馬の#ハジメテタッグ」。第1弾の今回は、初対面となるダンス&ボーカルグループ「BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBE」の松井利樹(26)とともに、ショッピングやタフティング(手芸の一種)を行い、交流を深める内容だ。
人見知りという共通点を持つ2人だが「すごくよそよそしい感じから始まって。古着屋で服を選ぶ時も『サイズはいくつですか…?』みたいな。けど、後半は気を使わず話せるようになりました」(安齊)、「(安齊と)同じくらい人見知りなので、逆にやりやすかったです」(松井)とすっかり打ち解けたという。
プロレス観戦経験がある松井は「試合に行きたい気持ちが高まりました。最前列でタオル持って行っちゃいたい」と安齊推しを宣言した。安齊も「俺もコンサート行かなくちゃ」と口にすると「背デカいから一番後ろで」と冗談を飛ばしていた。
収録を終えた感想を、安齊は「プロレスは閉鎖されている部分があるので、他の職業の方と触れ合うことがほぼない。こういうきっかけは、自分にとってとてもいい経験になりました」と笑顔を見せた。
9月には第2弾の放送も決定している。次回のゲストの希望を「プロレスから遠ければ遠いほどうれしい。例えば文化系の方とか。考え方も変わって、生きてきた世界も違うって勉強になると思うので」と、新たな分野とのつながりに意欲を見せていた。
2026年08月05日 12:25
◆全日本プロレス「全日本プロレス祭り2026」(2日、東京・ドーム立川立飛)観衆880人(札止め)
全日本プロレスは2日、東京・立川市のドーム立川立飛で「全日本プロレス祭り2026」を開催した。
前売券が全席完売となった大会。セミファイナルのタッグマッチで三冠ヘビー級王者の宮原健斗が8・29大田区大会で挑戦を受ける安齊勇馬と初の前哨戦で激突した。
試合は、場外戦で両者が激しくぶつかり火花を散らせた。リング上で宮原がドロップキックを放てば安齊勇馬もダブルアーム・スープレックスで応戦し両者が一歩も引かない展開となった。
安齊が宮原にジャンピング・ニーを叩き込むと、ヒザをついた王者へランニング・ニーをあごにたたき込みリング下へ転落させた。試合は宮原のパートナーの本田竜輝が綾部蓮を飛行機投げ固めでフォールしたが、アゴを粉砕されるなど安齊が宮原を制圧した前哨戦第1ラウンドだった。
バックステージで安齊はは「宮原健斗、前哨戦が始まったな。アナタもいま感じてるだろ、俺の勢いを。俺はこのまま、この勢い留まることを知らず、宮原健斗を食うぞ。全日本プロレスファン、日本のプロレスファン、全員俺だけ見とけ」と誇ったが、宮原はアゴを冷やしながら現れ「なんだあれ、最後は? ジャンピング・ニーってやつ? ランニング・ニー? アイツの得意技か。アゴが、アゴが…」とうめきながらダメージを負ったこと明かすと「次にオマエと向き合う舞台は8・9東京・後楽園ホールだ。おい、安齊勇馬。アゴ、やり返すぞ。オマエのアゴにヒザをぶち込んでやるよ」と宣言。8・9後楽園ホールは、8・22熊本大会が中止となったことを受け当初の8人タッグマッチからタッグマッチに変更となったが「次の8・9の対戦カード、俺のパートナーは誰だ? 諏訪魔!?」とぼうぜん自失でゲリラ豪雨がアスファルトをたたき付ける立川に消えた。
8・9後楽園は、前哨戦第2ラウンドとして「宮原&諏訪魔 × 安齊&潮崎豪」がラインアップされている。
◆8・2立川立飛大会全成績
▼第1試合 シングルマッチ 15分1本勝負
△小藤将太(引き分け)矢野安崇△
▼第2試合 タッグマッチ 20分1本勝負
〇青柳優馬、河野真幸(8分56秒 エンドゲーム)鈴木秀樹、芦野祥太郎●
▼第3試合 スペシャルタッグマッチ 30分1本勝負
斉藤ジュン、〇潮粼豪(15分07秒 豪腕ラリアット→体固め)斉藤レイ、関本大介●
▼第4試合 GAORA TVチャンピオンシップ
〇挑戦者・望月成晃(14分02秒 真・最強ハイキック→体固め)王者・羆嵐● VS
▼タッグマッチ
宮原健斗、〇本田竜輝(13分35秒 飛行機投げ固め)綾部蓮●、安齊勇馬
▼Road to ゼンニチJr.フェスティバル ランブル 2026
〇吉岡世起(23分41秒 クラッシュドライバー→エビ固め)矢野安崇●
※退場順は、レオン・デ・オロ、MUSASHI、“ミスター斉藤”土井成樹、田村男児、立花誠吾、ライジングHAYATO、小藤将太、大森北斗、青柳亮生
2026年08月05日 11:45
日米のプロレス界でトップレスラーとして活躍した元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんが亡くなった。85歳だった。
ドリーさんは2024年8月24日に「テリー・ファンク1周忌追悼・大仁田厚デビュー50周年記念大会『川崎伝説2024』」に参戦。大会で西村修さんとのタッグで大仁田厚、雷神矢口とダブルヘル電流爆破マッチで対戦。プロレス人生で初の電流爆破マッチとなったドリーさんは、2023年8月23日に79歳で亡くなった弟のテリーさんの遺影を抱いて入場。試合では大仁田の電流爆破バットに被爆したが、最後は矢口を必殺のスピニングトーホールドで破った。
大仁田は、ドリーさんの訃報に「私が全日本プロレスにいた頃、まだ少年のようだった私にとって、彼はすでにNWA王者であり、スーパースターでした。そんな彼と、私のデビュー50周年記念大会(2024年)で来日した際、川崎のリングで対戦できたことは光栄でした」と万感を込め「決して諦めるな!ファンクス・フォーエバー!安らかにお眠りください」と追悼した。
大仁田は、今年10月に米フロリダでテリーさん、昨年2月に亡くなった西村修さんの追悼大会が計画され現地のプロモーターから招聘されていた。この大会にはドリーさんが来場することも内定していた。
大仁田は「ごく最近まで向こう側とやりとりをして飛行機の予約もしました。ドリーさんがリングに上がる予定だったのに…あまりにも急なことでショックです」と声を落とした。
全日本プロレスの若手時代に「ドリーさんからエルボースマッシュを教えてもらったんですが、俺には難しくてできませんでした」と秘話も披露。そして2年前の電流爆破マッチで電流爆破バットで殴打もドリーさんが倒れなかったことを明かし「倒れたら起き上がれないと思ったのか…倒れませんでした。さすがだった」とグレート・テキサンに思いをはせていた。
2026年08月05日 11:40
プロレス界のレジェンドでWWE殿堂入りしたテキサスの荒馬ことドリー・ファンク・ジュニアさんが亡くなった。
2026年08月05日 11:33
◆全日本プロレス「全日本プロレス祭り2026」(2日、東京・ドーム立川立飛)観衆880人(札止め)
全日本プロレスは2日、東京・立川市のドーム立川立飛で「全日本プロレス祭り2026」を開催した。
前売券が全席完売となった大会でGAORA TV王者の羆嵐がドラゴンゲートの望月成晃と2度目の防衛。真っ向からパワーをぶつけた王者に望月は得意の打撃技で対抗。熱い戦いは、望月が真・最強ハイキックをさく裂させ勝利しベルトを奪取した。
56歳の戴冠に望月はリング上で「羆嵐、聞こえてるか。久々来た俺の突然の挑戦を受けてくれてありがとう。オマエから取ったからにはな、このベルトの価値、俺が責任をもって爆上げしてやるから。安心して、任せとけよ」とメッセージを送り札止めとなったファンへ「このベルトを取ったということは、また全日本プロレスにお邪魔することになってもいいですよね? 望月成晃、56歳。まだまだ頑張りますので、皆さまこれからもよろしくお願いします」と明かしていた。
バックステージで望月は「正直、真っ向から来たら俺はもうこの歳だから…と思ったけど、しぶといね俺も。つくづく思うよ。このGAORA TVのベルト、俺が取ったからには、羆嵐から取ったからには、もっともっと価値を爆上げしていくから。誰でもいいぞ、かかって来い。団体の垣根を全部取っ払って、誰の挑戦でも受けてやる」と宣言した。
◆8・2立川立飛大会全成績
▼第1試合 シングルマッチ 15分1本勝負
△小藤将太(引き分け)矢野安崇△
▼第2試合 タッグマッチ 20分1本勝負
〇青柳優馬、河野真幸(8分56秒 エンドゲーム)鈴木秀樹、芦野祥太郎●
▼第3試合 スペシャルタッグマッチ 30分1本勝負
斉藤ジュン、〇潮粼豪(15分07秒 豪腕ラリアット→体固め)斉藤レイ、関本大介●
▼第4試合 GAORA TVチャンピオンシップ
〇挑戦者・望月成晃(14分02秒 真・最強ハイキック→体固め)王者・羆嵐● VS
▼タッグマッチ
宮原健斗、〇本田竜輝(13分35秒 飛行機投げ固め)綾部蓮●、安齊勇馬
▼Road to ゼンニチJr.フェスティバル ランブル 2026
〇吉岡世起(23分41秒 クラッシュドライバー→エビ固め)矢野安崇●
※退場順は、レオン・デ・オロ、MUSASHI、“ミスター斉藤”土井成樹、田村男児、立花誠吾、ライジングHAYATO、小藤将太、大森北斗、青柳亮生
2026年08月05日 11:14
米国・WWEのビーストことブロック・レスナー(49)が4日(日本時間5日)、米スポーツ専門局「ESPN」の「パット・マカフィー・ショー」に出演し、現役引退を正式に表明した。
1日(同2日)のPLE「サマースラム」ではルーラー(支配者)オバ・フェミと、天井付き金網デスマッチ「ヘル・イン・ア・セル」を戦うも、オバのパワーに歯が立たずフォール負けを喫した。オバとの対戦成績は1勝2敗と負け越し、試合後は「お前はWWEの未来、俺は過去だ」とオバに次代の大物の座を譲り、自身の引退を示唆していた。
リモート出演したレスナーはマカフィーから「サマースラム」のことを問われると「今日、このインタビューを受けたのは世界中の皆さんに、俺が引退したことを知らせるためだ。皆さんに大きな感謝を伝えたい。土曜日(1日)は、非常に感情的な一日だった」と語り、現役引退を自らの口で発表した。
オバとの最初の対戦は4月の祭典「レッスルマニア42」で、わずか5分たらずで惨敗を喫した。当時を振り返ったビーストは「『レッスルマニア』でオバに叩きつけられた時、『もうこれ以上はできない』と思ったよ」と苦笑いで語った。一度はグローブとリングシューズを脱ぎ、引退の意志を見せたが、5月のPLEイタリア大会でオバに再戦を挑み、リベンジに成功した。
だが、1日の「サマースラム」で再びオバに敗れたことで「ここ2日間はベッドの上だった。悪夢のダンプトラック(オバ)にひかれてさ。もうその時が来たんだよ」と決意。「これで俺にとってリング上での活動は終わり。他のことすべても最後だ」と、総合格闘技の最高峰・UFCでも頂点に立った男はアスリートとしての「終わり」を迎えたと話した。
今後は趣味の狩猟に興じながら、ホッケー選手の2人の息子と、砲丸選手として2028年ロサンゼルス五輪を目指す娘を支えていくという。「俺は49歳でまだ動き回れる自分でいたいけれど、本当に感謝している。オバも、WWEユニバース(ファン)も素晴らしかった。会社(WWE)、TKO(WWEの親会社)、ダナ・ホワイト(UFC代表)、UFC、ミネソタ・バイキングス、ミネソタ大学。俺を信じてチャンスをくれたみんなに感謝したい」と、穏やか表情で述べた。
プロレス最高峰のWWEとUFC、総合格闘技の頂点UFCで世界ヘビー級王者になった史上唯一の男。WWEで最高峰王座は通算10度獲得した。2014年4月の祭典「レッスルマニア30」では、ジ・アンダーテイカーの祭典連勝記録を「21」で止めたビーストは、さわやかな笑みとともにリングを去った。
「WWEサマースラム2026」は「ABEMA」にて放送された。
2026年08月05日 10:43
日米のプロレス界でトップレスラーとして活躍した元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんが亡くなった。85歳だった。
ドリーさんと新日本プロレスの2001年10・8東京ドーム大会で対戦した藤波辰爾は訃報に接し「びっくりしました。昭和のプロレスの灯が消えた」と追悼した。
ドリーさんを「言うなれば『THIS IS プロレス』。存在がプロレスそのものでした。プロレスというのは、形があってないようなものなんですがドリーさんにはプロレスの基本があった。米国のレスラーは、みんなドリーさんにプロレスを学んでいましたし憧れだった」と明かした。
1970年5月に日本プロレスに入門した藤波は、当時を「ドリーさんは日本プロレスで一番の花形選手だった。練習生だった僕から見れば特別な存在だと思っていました」と振り返る。
ドリーさんはジャイアント馬場さんの全日本プロレスのトップレスラーで新日本プロレスの看板選手だった藤波とは接点はなかったが01年10・8東京ドームでボブ・バックランドと組んでドリーさん、テリーさんの「ザ・ファンクス」と対戦し藤波がドリーさんに勝利した。「あのドリーさんと対戦できるとは、肌を合わすことができるだけでもうれしかった。自分でもゾクゾクしながら闘ったことを思い出します」と語った。
テリーさんは23年8月25日に79歳で亡くなった。馬場さん、師匠のアントニオ猪木さんも亡くなり「寂しいですね」と藤波は、先人たちへ思いをはせていた。