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【ノア】征矢&飯野の「情熱MAX」がGHCタッグ王座奪取 内藤&BUSHIからベルトを奪回

2026年06月25日 21:48

 ノア25日の後楽園大会で行われたGHCタッグ選手権は、「ネオ・グローバル・タッグリーグ2026」覇者の「情熱MAX」こと征矢学(41)、飯野雄貴(31)が「ロス・トランキーロス・デ・ハポン(LTJ)」の内藤哲也(44)、BUSHI(43)を撃破し第77代王者に輝いた。  覇者と王者のタッグ頂上は情熱的な大熱戦となった。LTJのOUT OF CONTROL(合体バスター)を浴びた征矢だったが、BUSHIのMX(コーナー上からのコードブレイカー)を弾道(ラリアート)で迎撃。助太刀に入った内藤のスイングDDTも飯野が振り払い、弾道とスピアーの同時発射で情熱的に蹴散らした。  粘るBUSHIの毒霧を浴びながらも、征矢はコードブレイカーをカウント2でキックアウト。合体式パワーボムで攻勢に出ると、再びリングに入ってきた内藤を合体バックドロップで情熱的に排除する。  ここが勝負どころと見た情熱MAXは、飯野が頬ずりして毒霧に染まった征矢の顔を拭う。串刺しの合体攻撃からDDTとオクラホマスタンピードの合体技「情熱IS」で情熱的に3カウントを奪ってみせた。  ついにベルトを手にした情熱MAXだったが、試合後のリング上で「TEAM2000X」のマサ北宮と杉浦貴に襲撃されてしまう。北宮から「見ての通り次の挑戦者は俺とゴッドファーザー。初防衛戦でベルトを落とすことになるが、タイトルマッチを通して俺たち2人が戦いを叩き込んでやる」と挑戦を表明され、V1戦での激突が決定的となった。

  • 格闘技
  • ジョー・ドーリングさん死去 44歳 全日本プロレスで3冠奪取の大活躍も…脳腫瘍で長年闘病

    2026年06月27日 02:05
     全日本プロレスなどで活躍し、脳腫瘍のため闘病中だったジョー・ドーリングが26日、死去した。44歳。カナダのプロレス団体「メープルリーフプロレスリング」が発表した。  同団体は公式X(旧ツイッター)で「本日6月26日午前9時13分、兄弟であるジョー・ドーリングが家族に囲まれながら、安らかに息を引き取りました」と発表。「この地上での彼の時間はわずか44年でしたが、ジョーはその一つひとつに千年の価値ある人生を詰め込みました。ジョーには愛する妻リンジー、家族、そして世界中にいる無数の友人や熱心なファンが遺され、彼らは彼の強さ、勇気、そして精神を永遠に心に刻み続けることでしょう。安らかに眠ってください、ジョー。あなたは決して忘れられません」と追悼した。  米メディア「TMZ」は近年の闘病生活をこう伝えている。「トータル・ノンストップ・アクション・レスリング(TNA)など、複数のプロモーションで活躍したドーリングは、10年以上にわたり脳腫瘍と闘った。彼は2016年に脳腫瘍と診断され、腫瘍摘出手術を受けた。しかし、残念ながら、22年にガンが再発し、再び手術を受けた。ドーリングは昨年末に3回目の脳腫瘍と診断され、今月初めにホスピスケアに入った」  ドーリングは全日本のスター選手で、14年7月に諏訪魔を破って3冠ヘビー級王座を戴冠するなど活躍した。同メディアは「TNAでの名声に加え、ドーリングは全日本プロレスでも人気を博し、両団体でチャンピオンに輝いた」とその実績をたたえた。  その早すぎる死に、プロレス界で深い悲しみが広がっている。

  • 【ゼロワン】工藤めぐみGM 全女同期のアジャコングと振り返る地獄の公道ウサギ跳び

    2026年06月26日 22:10
     FMWで邪道姫として活躍したゼロワン・工藤めぐみGM(56)のYouTubeチャンネル「くどめチャンネル」が本格始動。第1弾ではアジャコングと対談した模様を公開した。  工藤GMとアジャは1986年に全日本女子プロレスに入門した同期。工藤GMがFMWの女子エースとなった後は、全女の人気選手となったアジャとリング上でしのぎを削った。動画内では2人で、東京・目黒区下目黒にあった全日本女子プロレス道場の跡地を訪れた。「私たちが生まれた場所」(アジャ)という道場があった場所は現在、コインパーキングになっている。  道場付近の風景もさま変わりする中で唯一、残っていたのが「公衆電話ボックス」だ。さまざまな通信ツールが普及した現代ではほとんど見られなくなったが「あの電話ボックスから、夜な夜なみんな交代で家に電話して『もう帰りたい』って電話」(アジャ)を「かけた、かけた!」(工藤GM)と言って笑い合った。  さらには電話ボックスと道場前にあった道路では、工藤GMによると「朝、ここでみんなで縄跳びし、ウサギ跳びもみんなで毎日のように練習していた」という。アジャは「今考えたら、よくこんな人さまの通る公道で道いっぱいで縄跳びとかよくやってたよ」と苦笑いする。  昭和時代のスポ根練習の代表だったウサギ跳びは、現代では筋肉向上に役立たない非科学的なトレーニングの代表とみられており「今はやらない練習」(工藤GM)だ。アジャも「ヒザを壊す練習ばっかりここらへん、ずーとやりながら」と振り返り、ネットフリックス「極悪女王」でも有名になった全女の地獄の練習を懐かしんだ。  40年ぶりに訪れた地で工藤GMとアジャは「私たちここで育ったんだって感慨深い」と話し、次に訪れた思い出のステーキハウスでもハイテンションで昔話に花を咲かせていた。  アジャは工藤GMの40周年記念大会「邪道姫伝説」(10月17日、東京・国立代々木競技場第二体育館)に、参戦を予定している。

  • 【新日本】SANADAが結婚公表 元SKE48のタレント桑原みずきと今春入籍

    2026年06月26日 20:50
     新日本プロレスのSANADA(38)が、元SKE48でタレントの桑原みずき(34)と結婚していたことを26日に公表した。  2人の結婚はこの日、フジテレビ系で放送された「坂上どうぶつ王国」で発表された。SANADAは桑原から「私の旦那さんになった方です」と紹介され「市役所行って(婚姻届を)提出してきました」と、今春行われた収録の直前に入籍したことを明かした。  具体的な期間こそ明かされなかったものの、長期にわたって交際を続けてきた2人が共通して親交があったのが、番組のMCを務める坂上忍だ。動物の保護活動に積極的なSANADAは、坂上が2022年4月に開設した犬や猫の保護ハウス「さかがみ家」(千葉県袖ヶ浦市)を開設当初から訪れ、カフェの1日店長を務めたこともある。  同じく桑原も動物保護活動をしており、同ハウスのスタッフとしても活躍している。ともに付き合いの深い坂上らの助言もあって、ついにゴールインとなったという。  プロポーズのシチュエーションについて問われると「寝起きで…」と、朝5時台に「何も考えず」伝えたというなかなかなエピソードも…。桑原の好きなところを「なんですかね、怒るとこが好きですかね」とはぐらかしたものの、最後まで幸せムードだった。  SANADAは2007年3月に全日本プロレスでデビュー。WRESTLE―1、フリーを経て2016年4月から新日本プロレスの「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(LIJ)」に加入した。LIJ脱退後の2023年4月にはオカダ・カズチカ(現AEW)を撃破し、業界最高峰のIWGP世界ヘビー級王座も獲得した。  現在は極悪軍団「ハウス・オブ・トーチャー(H.O.T)」に所属するSANADAは、結婚に際する取材に対し「ノーコメントです」と返答。積極的にプライベートなことを発信する意向はないというが、私生活の充実がリング上の活躍につながることに期待が集まる。

  • 【新日本】上村優也「僕だけタイトルを取っていない」 G1初制覇へ第2の故郷で胸中激白

    2026年06月26日 18:45
     新日本プロレスの真夏の最強戦士決定戦「G1クライマックス36」の福岡大会が8月2日に福岡国際センターで開催される。

  • モハメド・アリとの世紀の一戦から一夜… 猪木の貴重なインタビューを再録

    2026年06月26日 11:00
     プロレス王者のアントニオ猪木とボクシング世界ヘビー級王者モハメド・アリが、「格闘技世界一決定戦」として東京・日本武道館で戦ってから、26日でちょうど50年がたった。全世界注目の今世紀最大のスーパーファイトは3分15ラウンドを戦って引き分け。一方で「世紀の凡戦」と酷評を浴びた。猪木は当時、どう感じていたのか。決戦翌日に東京スポーツ記者で試合中継の解説を務めた桜井康雄氏(故人)が、東京・代官山の自宅を訪れ直撃インタビュー。最も信頼を寄せていた記者に語った胸のうちを、一部抜粋して再録する。  ――さて戦い明けてアリ戦の感想はどうです。はっきりいって巷間では面白くなかったという声が多いようですが、改めて試合をふりかえってみて、猪木さん自身はどうですか?  猪木 うーん、まあ新聞は、けさ、いろいろ読ませてもらいました。みなさん、それぞれの見方をしておられる…だが、はっきりいえることは、わたしも死力を尽くしたし、アリも死に物狂いだった。この試合がいかに真剣に戦われたものであったかということはアリとわたしと二人だけが一番よく知っている。アリを蹴っていてわたし自身、確かにヒットしていた手応えというか足応えがあった。アリにはわたしの蹴りが効いていた…朝、わたしの足の甲やスネにこんなにアザができていた。 (そういって猪木はズボンをまくり上げてみせる。確かに猪木の右足首のあたりはすごいアザになって内出血したようになっている)  わたしの足がこれほどなんだから、アリの左足は相当ダメージを受けているはずだ。その意味ではわたしがアリに対して行ったローキック戦法は正しかったし、いまでも、あれ以外の最良の攻撃法はないと信じている。結果論的にいえば何でもいえる。わたしはわたしの戦い方はあれで正しかった…悔いはないと思っている。残念だったのは、あの戦法でアリを倒せなかったことだ。  プロフェッショナルである以上、面白い試合をやってファンにサービスするのは当然だが、はっきりいってモハメド・アリというのは、やっぱりすごいヤツだ…こっちは死に物狂いで、そのすごいヤツにぶつかっている。闘志の出しおしみは絶対にしていない…。精一杯、戦った。それが面白かったか面白くなかったかというのは、みなさんの判断、見方による。ショービジネスではなくスポーツの試合なんだから、精一杯、死力を尽くして戦って面白くなかったといわれてれも仕方がない。  実際、猪木は「足応え」でアリの脚が内出血していたのが、わかったという。試合後のアリは満足に歩けず、宿泊先の京王プラザホテルでは関係者によって肩を担がれ部屋に戻ったことが目撃されている。試合翌日から韓国、フィリピンを経由し米国に戻り、自伝映画の打ち合わせのためロサンゼルスに到着したが、映画監督との対談中に突然激痛に襲われ歩けなくなった。救急車でサンタモニカの病院に運ばれると、左脚は筋肉、血管の損傷と血栓症の重症で緊急入院を余儀なくされた。この逸話は、いかに「アリキック」の威力がすさまじかったかを物語る。  続けて「わたしは試合前に、はっきりお断りしているはずだ。この試合を茶番だとかショーだとか中傷する人がいたが、この試合をショーだと思う人は見にきていただかなくていい、とね。わたしは…プロレスはショーではなく真剣なものだということをわかってもらうために、この試合をやった。アリを倒すことは私の力不足でできなかったが、あの手かせ足かせはめられたような厳しいルールの中で、わたしは精一杯やったという自負は持っている」と断言する。では極めて不利なルールを受け入れてまで、なぜ試合を強行したのか。  猪木 キングオブキングスと呼ばれるアリを日本のリングに引っ張り出して、いままで誰もやったことのなかったレスラーとのファイトをさせる…そこにわたしのロマンがあった。結果からみると、わたしとわたしの陣営には甘いところがあった。アリ側…とくにアリの参謀たちは大変なビッグビジネスマンだ。試合前の駆け引きでは、はっきりいって、こっちの負けだった。ドタン場まで「試合をやめて帰国してもいいぞ」という伝家の宝刀をちらつかされて、こっちも無理なルールをのまざるをえなかった。  わたしが、何としてもこの試合をやりたい、どんなルールでもアリをリングにさえ引っ張り出してしまえば倒せると思ったのが、あのルールをのんだ原因。しかし、アリはわたしが想像していた以上に根性のある強者だった。あれほどダメージを受けながら絶対に痛みを顔に出さず、倒れずに戦い続けた。わたしは、さすがにアリだと思った。と同時に、これほどの男とあのルールで勝てると思った自分の甘さを反省した。世界には強い男がいるものだ…。  猪木は2022年10月、アリは16年6月に死去。当事者たちがいない50年たった今だからこそ、猪木の言葉には一語一語に含蓄がある。       (敬省略)

  • モハメド・アリに殴られ1m吹っ飛んだ! 元ガードマンが明かす猪木戦秘話「俺のパンチは違うんだ」

    2026年06月26日 06:00
    「格闘技世界一決定戦」が1976年6月26日に日本武道館で行われてから、26日で50年を迎える。プロレス王者のアントニオ猪木と、ボクシング世界ヘビー級王者モハメド・アリの異種格闘技戦は、3分15ラウンドを戦い抜いて引き分け。当時は世紀の凡戦と酷評されたが、後年は総合格闘技の源流として評価を一変させた。伝説の一戦の裏側で何が起きていたのか。  来日時にアリの身辺警護を担当した小川眞澄氏(74)が、50年越しに証言した。  アリが来日したのは決戦10日前の1976年6月16日。宿泊先は東京・新宿の京王プラザホテルだった。当時、綜合警備保障(現ALSOK)に勤務していた小川氏は、明治大学農学部に通いながら同ホテルで夜間警備にあたっており、アリが滞在した12日間、41階のスイートルーム周辺で身辺警護を務めた。初めて見た世界的スーパースターの印象を、小川氏はこう振り返る。 「デカいなあと思ったけれど、本当にフランクな人だった。トラッシュトーク? 調印式の時以外は黙っていましたね」  印象に残っているのはファンへの対応だ。アリは猪木戦に向けた調整として、深夜1時から2時頃にロードワークに出た。その情報を聞きつけたファンが集まり、アリは数十人を従えて走ったという。ホテルに戻ると、待っていたファンも含め全員に気前よくサインした。小川氏にもサイン色紙を4枚プレゼントしてくれたが、小川氏は自身の宿泊先に戻ると、会社の先輩らにねだられ4枚すべて渡したという。後にテレビ番組でアリの直筆サインが鑑定され「20万円でした。私は80万円をあげてしまった」と笑う。  もっとも、ホテル内の空気はのどかなものばかりではなかった。アリは当初、猪木戦をエキシビションのようなものと考えていたとされ、試合形式やルールをめぐって調整は難航。小川氏は部屋の前で待機しながら、関係者が何度も出入りする様子を見ていた。 「プロモーターの方が当日まで『試合ができない』と困っていました。アリの部屋に入っては出て『弱った、弱った』って言ってましたね」  そんな緊迫ムードの中、6月23日に同ホテルで行われた調印式では事件も起きた。猪木の言動にアリが激高。場内が騒然となり、フレッド・ブラッシーらが止めに入った。 「猪木さんがアリを怒らせたみたいで、アリが怒って(フレッド)ブラッシーが止めた。『ガードマン、早く下げろ!』と指示があったので、私が舞台に飛び乗った。それでアリさんの背後から腹に腕を回して、思い切り後ろに引っ張ったんです」  学生時代に重量挙げの有力選手だった小川氏は、世界ヘビー級王者を相手にもひるまなかった。ただ、その時に触れた肉体の感触は意外だったという。「おなかが柔らかかった。女性みたいにフワフワで、『何これ?』と思いましたが、(アリが)ぐっと力を入れるとカチカチになった。アスリートのすごい筋肉でしたね」  小川氏にとって、アリの肉体を間近で感じたのはその時だけではない。ある日、2人きりでエレベーターに乗った際、小川氏に空手経験があることを知ったアリが、突然「カモン!」と言ってファイティングポーズを取った。小川氏はミット打ちの要領で両手を差し出し、アリのパンチを受けたという。寸分の狂いなく手のひらの中央に打ち込んできたので、好奇心盛んな小川氏は、さらに右上腕を差し出して「ここを殴ってくれ」と頼んだ。アリは一発目こそ手加減して軽めに打ったが、小川氏が「もっと強く」と食い下がると、「クレージー」とつぶやき、再び右拳を放った。 「7割くらい(の力)だったと思うけど、痛いの通り越して『ズシーン!』ときて、エレベーターの端まで1メートルくらい吹っ飛ばされましたよ」  半世紀たった今、その衝撃は単なる思い出ではない。「面白かったですよ。言ってよかったです。昔はなんでもなかったけれど、50年たったら重みが違う。殴られた衝撃以上でした」  エレベーターの中で、アリは「俺のパンチは違うんだぞ。普通のパンチではない」とも語っていたという。そのパンチはストレートにツイストを加えたいわゆるコークスクリューブローで、空手師範でコーチのジョン・リー氏から打ち方を習ったと小川氏に説明した。当時の東京スポーツによると、アリはこの必殺ブローを「アキューパンチ」と命名しており、ボディーガードにもその威力を解説するほど自信があったようだ。  一方、小川氏にはプロレス界との意外な縁もある。全日本プロレスのエースだった故ジャンボ鶴田さん(享年49)は、山梨県の名門・日川高で2学年上の先輩。ウエートリフティング部だった小川氏は、バスケットボール部の鶴田さんと高校時代から親交があった。鶴田さんがプロレス入りした後には、駅で偶然出会い、グリーン車のチケットをプレゼントされて一緒に帰郷したこともあるという。「鶴田さんは尊敬する先輩。本当に優しい人だったから、プロレスラーになるとは思わなかった」という小川氏は、アリと鶴田さんに共通するものを感じている。 「アスリートだけど、他人のことを思う。これは二人とも半端じゃない。ファンへの対応も一緒。(アリは)疲れていて、サインなんて嫌だったはず。鶴田さんも電車の中で子供たちにサインをせがまれると、全員にやっていましたよ」  アリと過ごした12日間から50年。小川氏にとって、あの時間は今も人生の大きな転機として刻まれている。 「人生のエポックです。2発殴られるなんて経験はできないし、すごいことだと思う。猪木―アリ戦に関しては、私の中では人類史上最高の試合です。もうああいう試合は絶対にない。頂点を極めた人たちが異種格闘技で、真剣勝負をするんだから」  世紀の一戦をリングサイドで見たわけではないが、史上最高の拳とスーパースターの素顔を至近距離で見た男の証言は、50年たった今も色あせない。 ☆おがわ・ますみ 1952年5月15日生まれ。山梨・甲州市勝沼町出身。日川高から明大農学部。綜合警備保障に入社しガードマンとして勤務した後、結婚を機に帰郷し、農業に従事。勝沼町議員になり、甲州市の命名にもひと役買った。現在はイオン水を使った野菜などの栽培に取り組んでいる。

  • Sareeeが彩羽匠とタッグ戦線に参入 女子初「プロレス大賞最優秀タッグ」の快挙狙う

    2026年06月26日 06:00
     女子プロレスラーの太陽神Sareee(30)が、彩羽匠(33=マーベラス)との「スパーク・ラッシュ」でタッグの最高栄誉受賞を狙っている。  5月13日から首の治療のため欠場し、21日のマーベラス福岡大会で復帰した。負傷箇所が首ということもあり、欠場中はナーバスになることもあったと語ったが「(彩羽が)サポートをしてくれた。自分はフリー選手なので、心強かった」と振り返る。  シングルプレーヤーとしてすでに女子プロレス界のトップに君臨するが、今後はタッグ戦線中心の活動を視野に入れる。経緯について「首のケガが理由ではないけど、今の自分にはタッグチームの『スパーク・ラッシュ』があって本当によかったなと」と彩羽への信頼が大きいと語った。一方で「タッグとシングルの両方で成功している人ってあまりいない。私は欲張りなので、両方いきたい」とニヤリ。貪欲な一面を見せた。 「スパーク・ラッシュ」としての目標は「やっぱり女子初のタッグの大賞、いただきたいですね」と意欲。「東京スポーツ新聞社制定2025年度プロレス大賞supported byにしたんクリニック」では、女子で史上初の三賞となる敢闘賞を受賞。次は女子初の最優秀タッグチーム賞を、というわけだ。さらなる快挙の達成に向けて「(受賞のためには)名勝負をしないといけない。大きい会場でやって注目されることも大事だと思うので、いろんな団体のリングに上がって、対戦相手を見つけたい」と気合。一方で「現状、相手がいない状態。もっとライバルが現れてほしい」とタッグ戦線の活性化を訴えた。 令和のクラッシュギャルズとして、タッグの頂点を目指す。

  • 【ノア】内藤哲也がGHCタッグ王座陥落でリストラ危機 清宮戦へ悲壮覚悟「正念場になるでしょうね」

    2026年06月26日 05:00
     ノア25日の後楽園大会で、「ロス・トランキーロス・デ・ハポン」の内藤哲也(44)、BUSHI(43)が「情熱MAX」こと征矢学、飯野雄貴組に敗れGHCタッグ王座から陥落した。

  • Sareee リスクしかない猪木vsアリ伝説の一戦に感銘「すごいチャレンジ。刺激になる」

    2026年06月26日 05:00
     プロレス王者のアントニオ猪木が、ボクシング世界ヘビー級王者モハメド・アリと戦った「格闘技世界一決定戦」(日本武道館)から、26日でちょうど50年がたつ。昭和から語り継がれる伝説の一戦を、令和のトップレスラーはどう見ているのか。燃える闘魂が憧れの存在だという太陽神Sareee(30)に聞いた。  Sareeeは父親が猪木さんの大ファンだけに、子供の頃から伝説の一戦の話を伝え聞いてきた。「15ラウンド(R)引き分けで、『すごい試合だった』と。その試合で猪木さんは何もできなくてバッシングされたんですよね?」と話す。  その言葉通り、猪木はアリのパンチをくらわないため、背中をつけた状態でグランドからキックを放つだけ。アリも何もできずに、15Rが終わり「世紀の凡戦」と酷評された。ただ猪木が取った戦法はルール上、勝利するにはこれしかないというものだった。しかも後にPRIDEやK―1などの総合格闘技(MMA)戦で、「猪木アリ状態」と呼ばれるほど頻出したこともあって、「MMAの源流」としての再評価につながった。  Sareeeは「プロレスを広めるためのすごいチャンレンジ。猪木さんって、何にでもチャレンジする人で、プロレスラーの強さを見せつけるために、守るために出たと思う。負けることなんて考えるわけないし、勝つ気でいっている。それに挑めるってすごい。やっぱり猪木さんはすごいと思います」。猪木さんの後の名言にも触れながら、アリを相手に勝ちにいった姿に驚嘆する。  猪木さんはアリ戦のおかげで世界中にその名を知らしめた一方、アリのファイトマネーなどでばく大な借金を背負ったとされている。「選手としてもプロモーターとしても、全部をかけて戦った。だから、50年たっても歴史に残っているってことですよね。私にそれができるのって言えば、どうなんだろうって思う。すべて知っているわけではないですが、猪木さんの話を聞くと、私自身、こんなんじゃダメだと刺激になるし、もっと頑張らなきゃと思うし、背中を押されるなあというのはあります」  Sareeは25日、自主興行「Sareee―ISM」の第11弾を8月24日、第12弾を9月26日に東京・新宿フェイスで開催すると発表。3月のデビュー15周年記念興行後には、将来的な目標に猪木アリ戦が行われた日本武道館での大会開催をぶち上げている。  伝説の一戦が、アントニオ猪木を知らない世代にも少なからず影響を与えているのは間違いない。

  • 【ノア】内藤哲也&BUSHI組、GHCタッグ王座から半年ぶり陥落「情熱MAX」に苦杯 7・18清宮海斗との一騎討ちへ照準「今の全力の内藤ぶつける」

    2026年06月25日 22:17
     「プロレス・ノア」(25日、後楽園ホール)  GHCタッグ選手権試合が行われ、王者の内藤哲也&BUSHI組は、ネオ・グローバル・タッグリーグ覇者の「情熱MAX」征矢学&飯野雄貴組に敗れ、4度目の防衛に失敗した。エネルギッシュな相手に押され、最後はBUSHIが合体技「情熱IS」を食らって3カウントを奪われた。  ノアマットに初めて本格参戦した1月1日の日本武道館大会でいきなり奪取して以来、約半年間持ち続けてきたタッグ王座から陥落した内藤は、鼻から出血しながらバックステージに現れた。「別に欲しいなんて一言も言ってないGHCタッグのベルトが手に入ってしまい、防衛戦を重ねていくうちに若干の思い入れができてしまった。だからこそ、今負けてすごく悔しいよ。俺、BUSHIが負けたってことはロス・トランキーロス・デ・ハポンが負けたってこと。今すぐにでもやり返したいよ」とコメントした。  ベルトは失ったものの、7月18日大阪大会では清宮海斗とのシングルマッチが決定しており、「今の全力の内藤哲也を、今のノアの象徴である清宮選手にぶつけたいと思いますよ。きっと、すごく楽しい試合になるでしょうね。俺自身は楽しみ」と腕をぶした。

  • 【ノア】丸藤正道が近藤修司の挑戦退けナショナル王座V2 次期挑戦表明の拳王に「お前はやっぱり敵かもしれない」

    2026年06月25日 21:51
     ノア25日の後楽園大会で、GHCナショナル王者の丸藤正道(46)が近藤修司(48)の挑戦を退け2度目の防衛に成功した。  2008年11月の全日本プロレス両国大会での世界ジュニア王座戦が東京スポーツ新聞社制定プロレス大賞ベストバウトを受賞した両雄の激突。トップロープに飛び乗ってのムーンサルトアタックなど華麗な動きを披露した丸藤は、虎王、不知火と得意技を連発して攻勢に出る。しかしポールシフトを阻止されると、高速ジャーマン、キングコングラリアートで反撃を許した。  丸藤はフックキック、虎王を駆使して打撃戦を仕掛けるが、近藤のキングコングラリアートを浴びて決定打を放てない。さらにショートレンジラリアートの応酬に打ち負け、またもキングコングラリアートを狙われたが、フランケンシュタイナーで切り返し形勢逆転。カウント2で返されても即座にパーフェクトキーロックに移行しギブアップを奪ってみせた。  試合後のリングにはセコンドに付いていた拳王が上がりマイクアピール。「丸藤君、守ることしか考えてないよな。守るだけではそのベルトまったく輝かないぞ。守ってるだけではプロレス界のトップには行けねえんだよ。攻めないといけない。そのベルトも守るだけでなくもっと攻めろよ。ここ最近、何かあなたが攻めましたか?」と問題提起されると「次のナショナルの挑戦者は、攻めるこの俺、拳王だ! 安定望めば進化なし!」と挑戦表明された。  丸藤も「守りに入ってるだ? 今日の試合見てよく言えるな。いいよ、勝負しようぜ。味方かと思っていたけど、拳王、お前はやっぱり敵かもしれない」と受諾しV3戦での激突が決定的に。「めちゃめちゃ疲れたけど、あまりにも拳王のマイクが長すぎて、見て? 回復しちゃった。拳王もやろうよ、じゃあ。あっごめん…拳王さんだった。俺は全員に『さん』付けするって決めたんだ本田圭佑さんみたいに。分かったか、拳王!」と宣戦布告していた。

  • 【ノア】GHC王者シェイン・ヘイストが遠藤哲哉下しV2 次期挑戦者はインチキ通訳駆使したOZAWAに決定

    2026年06月25日 21:48
     ノア25日の後楽園大会で、GHCヘビー級王者のシェイン・ヘイスト(40)が遠藤哲哉(34=DDT)の挑戦を退け2度目の防衛に成功した。

  • 【ノア】征矢&飯野の「情熱MAX」がGHCタッグ王座奪取 内藤&BUSHIからベルトを奪回

    2026年06月25日 21:48
     ノア25日の後楽園大会で行われたGHCタッグ選手権は、「ネオ・グローバル・タッグリーグ2026」覇者の「情熱MAX」こと征矢学(41)、飯野雄貴(31)が「ロス・トランキーロス・デ・ハポン(LTJ)」の内藤哲也(44)、BUSHI(43)を撃破し第77代王者に輝いた。  覇者と王者のタッグ頂上は情熱的な大熱戦となった。LTJのOUT OF CONTROL(合体バスター)を浴びた征矢だったが、BUSHIのMX(コーナー上からのコードブレイカー)を弾道(ラリアート)で迎撃。助太刀に入った内藤のスイングDDTも飯野が振り払い、弾道とスピアーの同時発射で情熱的に蹴散らした。  粘るBUSHIの毒霧を浴びながらも、征矢はコードブレイカーをカウント2でキックアウト。合体式パワーボムで攻勢に出ると、再びリングに入ってきた内藤を合体バックドロップで情熱的に排除する。  ここが勝負どころと見た情熱MAXは、飯野が頬ずりして毒霧に染まった征矢の顔を拭う。串刺しの合体攻撃からDDTとオクラホマスタンピードの合体技「情熱IS」で情熱的に3カウントを奪ってみせた。  ついにベルトを手にした情熱MAXだったが、試合後のリング上で「TEAM2000X」のマサ北宮と杉浦貴に襲撃されてしまう。北宮から「見ての通り次の挑戦者は俺とゴッドファーザー。初防衛戦でベルトを落とすことになるが、タイトルマッチを通して俺たち2人が戦いを叩き込んでやる」と挑戦を表明され、V1戦での激突が決定的となった。

  • OZAWA、デタラメ通訳でGHC王者シェイン・ヘイスト「挑戦権」強奪…遠藤哲哉を破った試合後にリングインし「タイトルマッチが決定しました」

    2026年06月25日 21:34
    ◆プロレスリング・ノア「LEGACY RISE 2026」(25日、後楽園ホール)観衆1202  プロレスリング・ノアは25日、後楽園ホールで「LEGACY RISE 2026」を開催した。  メインイベントでGHCヘビー級王者・シェイン・ヘイストが遠藤哲哉と2度目の防衛戦を行った。  初の最高峰奪取に燃える遠藤が猛攻を仕掛けヘイストが真っ向から抵抗。激しい戦いに1202人の観衆が大喚声を上げる熱闘は、22分50秒、ボムバレーデスでヘイストがV2に成功した。  試合後、王者がマイクを持つとT2000XのOZAWAがメガネ姿でリングインした。勝手に通訳を名乗り出たOZAWAはヘイストが英語で「遠藤は素晴らしい選手だった」などのメッセージを「正直、今、ここにOZAWA選手が来てほっとしています。なぜなら後楽園ホールの現状をごらんください。崇高なるGHCのタイトルマッチでもあるにもかかわらずボチボチの客入り」などデタラメな通訳で勝手な主張を展開した。  さらに「我こそはと思う選手は次の挑戦者に名乗り出てこい」とヘイストが呼び掛けるとOZAWAは遠藤との試合が盛り上がらなかったと切り捨て「OZAWA選手となら盛り上がるんじゃないか、と。折り入ってお願いがあります。私と崇高なるGHCのベルトをかけて試合をしていただきませんか」と都合良く誤訳すると「しょうがいないやってやる。今、ここにシェイン・ヘイストと私、OZAWA…タイトルマッチを行うことが決定しました」と勝手に自らが次期挑戦者となったことを発表。両者の対決が確実となった。  

  • 内藤哲也&BUSHI、GHCタッグ王座「陥落」…征矢学&飯野雄貴に敗れる「ロス・トランキーロス・デ・ハポンが負けた」…6・25後楽園ホール

    2026年06月25日 20:52
    ◆プロレスリング・ノア「LEGACY RISE 2026」(25日、後楽園ホール)観衆1202   プロレスリング・ノアは25日、後楽園ホールで「LEGACY RISE 2026」を開催した。  GHCタッグ選手権は王者組の内藤哲也、BUSHIが征矢学、飯野雄貴と4度目の防衛戦を行った。  互いの連係が真っ向からぶつかった熱戦は、BUSHIの黒い毒切りを顔面に浴びた征矢が窮地に陥ったが激熱な合体技「情熱IS」で征矢がBUSHIを沈めベルトを奪取した。  今年元日にノアへの本格参戦となった日本武道館で丸藤正道、拳王組から王座を奪取した内藤は4度目の防衛に失敗し「今日負けてめちゃくちゃ悔しい」と唇をかみしめ「俺、BUSHIが負けたということはロス・トランキーロス・デ・ハポンが負けたということ。今すぐにでもやり返したいよ」と執念を見せた。  それでも、7・18大阪大会で清宮海斗との初の一騎打ちに視線を向け「今の全力の内藤哲也を今のプロレスリング・ノアの象徴である清宮選手にぶつけたいと思いますよ」とノアへの継続参戦へ意欲をあらわにし「きっとものすごく楽しい試合になるでしょうね」と不敵にほほ笑んだ。