©sports-topics.net 2026
2026年06月11日 21:42
「ロッテ3−2中日」(11日、ZOZOマリンスタジアム) 中日が延長戦の末にサヨナラ負けでカード負け越しとなった。この日はセ・リーグが全敗となった。 1点を追う八回に5番サノーがレフトへ値千金の同点ホームラン。各地でセ・リーグチームが敗戦している中で、最後の砦として希望を残した。 しかし、延長十回に5番手伊藤が2死一、三塁のピンチを招くと、佐藤にサヨナラ打を浴びた。
2026年07月27日 16:02
小林樹斗は昨シーズンに広島を戦力外に
ソフトバンクは27日、小林樹斗投手、張峻ウェイ投手、ルイス・ロドリゲス投手と支配下契約を結んだことを発表した。7月末の補強期限を前に、投手の層を一気に厚くした。これで支配下登録選手は69人となった。
小林は2020年ドラフト4位で広島入り。5年間で1軍登板はわずか2試合に終わり、2025年オフに構想外通告を受けた。四国IL高知に入団し結果を残すと、今年5月にソフトバンクと育成契約を結んでいた。ファーム・リーグ西地区では8試合に登板して3勝3敗、防御率2.15という成績。異色の経歴を持つ右腕が、目指してきた2桁の背番号を掴み取った。
張は今年3月に行われたワールド・ベースボール・クラシックにチャイニーズ・タイペイ代表として出場。東京ドームで行われた日本戦にも登板し、2回2/3を投げ打者10人を相手にわずか1安打、最速は155キロを記録していた。ドミニカ出身のロドリゲスはソフトバンクに入団して今季が5年目。最速は160キロを誇り、今季2軍では13試合に登板。2勝1敗、防御率2.03という成績だった。(Full-Count編集部)
2026年07月27日 16:00
南海ホークスに池之上格というガッツマンがいた。バットを極端に短く持ち、死球大歓迎の特攻野郎。現役引退後は実直な人柄と幅広い人脈を生かしたスカウトマンとして活躍した。そのイケさんが自ら仕えた6人の監督を偲び感謝の言葉を捧げるコラム。第4回はアグレッシブな姿勢を最も好んだというドン・ブレイザー(ドン・リー・ブラッシンゲーム)さん。
◇ ◇
僕が南海に入団して最初の5年間は野村克也さんが1軍の監督をしていた。その野村さんから「短所欠点の矯正」は自分を見極めることにつながると教えられ、「慢心せず、失望せず」という戒めの言葉もいただいた。この2つは僕の原点になっていて、すべてがここに行き着くのです。
野村監督のあとを継いだ広瀬叔功さんには野手への転向を勧められ、野球選手として生きていく道を作ってもらった。
その次の監督がブレイザー。彼は野村監督時代のヘッドコーチで、野村さんがよく「野球とは何か」を問うて、教えを受けていた。それが考える野球=シンキング・ベースボールに通じていくのだけれど、後に広島の古葉野球にも伝播していった。
ただ僕におけるブレイザーの印象はむしろ、闘争心をムキだしにして戦う闘士そのもの。実際にアグレッシブなプレーを好み、常に実践させようとしていた。
1976年の開幕。入団4年目の僕は投手11人枠に滑り込みで入り、念願の1軍入りを果たした。オープン戦の防御率が13イニングを投げて阪急の戸田(善紀)さんと並ぶ0・00。クイックや牽制が得意で、「南海の堀内(恒夫)」と言われたこともあった。そんな“守備力”も買われての抜擢だったかもしれない。
ちなみに当時、クイックモーションという言葉はなく、「すり足」とか「早投げ」と言ってましたけどね。
しかし、投手としての評価だけが理由ではなかったように思う。
その年のオープン戦で僕は広島の高橋里志さんから右中間への二塁打を打ったことがあった。そのあと捕手の柴田(猛)さんが三塁方向へボールを弾くのを見て三塁を狙ったら、間一髪セーフになった。
このプレーにブレイザーが顔を真っ赤にして「グーッド!グーッド!」と言って盛んに褒めてくれた。「あいつは何をも恐れないアグレッシブなやつだ」と。投手だから無難にという考えはないようだった。
あのころ12球団ナンバーワンと言われた南海の投手陣ですからね。そこへ押し込んでくれたのがヘッドコーチのブレイザーだった。
監督として戻って来たあとのブレイザーは、すでに野手に転向していた僕を主に守備固めで使ってくれた。当時はこの守備固めからの脱却、もっとうまくなりたい一心で昼は2軍戦、夜は1軍の親子ゲームに率先して参加するようにしていたんですよ。
ところが3試合、4試合と続けて出るものだから、ブレイザー監督から「イケ、1軍の試合に備えてくれ」とストップがかかったことがあった。僕に2軍の試合に出るなと言った唯一の監督でしたね(笑い)。でもいろんな面で僕のことを気にかけくれて、支えてもらった。
ただ1軍戦力としてやりがいを感じる反面、たまにアテ馬(偵察要員)で使われた時は悲しいものがあった。その時点で仕事が終わったも同然だから。
(アテ馬は予告先発のなかった時代、相手投手の予想が難しい時に使われた手法で“あがり”の投手を使うのが一般的だった)
だから“せめて初回の守備だけでも使ってくれ”と頼んだことがあったけど、ダメだったね。
そういう場合、ベンチの隅っこで“番手”の役をやるんですよ。バッテリーへ向けて専用のサインを送る役目。配球ではなく、捕手が何番目に出したサインが有効かということを、何らかの仕草で伝えるというもの。
たとえば「1」だったら投手は捕手が最初に出したサインに従う。「2」なら2番目、「3」なら3番目に従うというように。
ときには三塁手の藤原(満)さんが出すこともあった。それぐらいナーバスになっていた。相手チームにサインを見られているかもしれないからと。特に敵地ではね。それはウチがやっていたからですよ。
南海では緻密というか面白いことをやっていましたね。あくまでも傾向と対策ですけど(笑い)。今思えば懐かしい。それも含めて考える野球、準備野球ですね。
シンキング・ベースボールというのは基本的なフォーメーションプレーがその土台になっているんです。ボールがどこへ飛べば、野手はどう動くか。ひとつのボールに対して投手を含めて全員が動く。フォローする。それが何十通りもある。
またバックアップとはボールに触れる人の後方で対応する動きのことであり、ベースを守るカバーリングとは違う。暴投は投手が投球時に犯すもので、悪送球は野手が犯すもの。そんな説明までしてあった。何も難しくはない。当たり前のことではあるが、それを文字で表しているから理解しやすいわけですよ。
でも僕の場合はシンキング・ベースボールの前にアグレッシグ・ベースボールを意識した。83年にパ・リーグ最多の16死球を獲得したことがあるが、デッドボール上等の精神を身につけることができたのも、ドン・ブレイザーの闘争心に触れることができたからこそだったと思っている。
◆池之上格(いけのうえ・とおる)1954年5月19日、鹿児島県垂水市生まれ。72年度のドラフトで右投げ右打ちの投手として南海に3位入団し80年に野手転向。87年に大洋へ移籍した。実働16年。投手時代は2勝0敗(1完封)。打者としては570試合で15本塁打、97打点、打率・269。83年はパ・リーグ最多の16死球を獲得している。
2026年07月27日 15:42
ホワイトソックス本拠地で発売された球場飯
ホワイトソックスの本拠地・レートフィールドでは、後半戦に入って村上宗隆内野手とコラボした“スティック型の寿司”が発売されている。MLB公式のホワイトソックス番を務めるスコット・マーキン記者も興味津々。X(旧ツイッター)で紹介した。
今回発売されたのは「ムネショット・スシ・プッシュアップ」。筒型の厚紙に包まれたスティック型の寿司。この形の食べ方は2026年になって米国内で流行しており、日本人選手が所属するホワイトソックスが取り入れた。
マーキン記者は早速Xで「寿司が食べたい? うちには寿司があるよ」「こういう仕組みになっているんだ」「私はごくごくベーシックな種類の寿司しか食べない。でも『ムネショット・スシ』を食べた人たちは、それを楽しんでいるようだ」とレポートした。
さらに同記者によると、24日(同25日)からの週末3試合ではいずれもこの「ムネショット・スシ」は完売したといい、すでに2000個以上を売り上げたという。26日(同27日)の日曜日の試合では4回裏時点で完売になる人気ぶりだと伝えた。
マーキン記者の投稿にはファンからも「これって、どのセクションで買えるの?」「すごくいい感じだね」「ところてん方式だった」「すげえ! 棒で押し出すんだ、ムネショット。シカゴ行きの飛行機代を調べよう」「海苔を使わず、手を汚さず食べられるお寿司。具は何が入ってるんだろう」「この男がファンに与える経済的影響を見てみろ? 彼と10年契約を結べ」「もし彼の契約を延長しなかったら、私は本気で正気を失っちゃうよ」などとコメントが寄せられていた。(Full-Count編集部)
2026年07月27日 15:07
南海ホークスに池之上格というガッツマンがいた。
2026年07月27日 14:47
中日は27日、井上一樹 監督のオーナー報告に関しての大島宇一郎 代表取締役オーナーのコメントを発表した。
大島宇一郎 代表取締役オーナーは球団を通じて「開幕前からシーズン序盤にかけて、主力選手にけがや想定外の不調が相次ぎ、負け越し17、リーグ6位と苦しい前半戦になりました。一方、その選手たちが徐々に戦線復帰し、打線の形、投手陣の勝ちパターンも定まった7月は、1試合を残して月間勝ち越しを決めました。ここまで本塁打はリーグ最多、失策はリーグ最少と好材料もあります。3位までは7ゲーム差。簡単ではありませんが、この上り調子を加速させられれば浮上の可能性は十分にあると考えています。さまざまなデータを詳細に分析すると、今のドラゴンズにはリーグ上位の戦力がそろっています。井上監督にはチーム全体が有機的に機能するよう、マネジメントをお願いしたところです」とコメント。
中日は球団創設90年目の今季、ここまで38勝55敗1分の最下位に沈んでいる。オールスター明けの巻き返しが期待される。
2026年07月27日 14:14
DeNAは27日、8月4日(火)〜8月30日(日)、「THE LIVE Supported by 大和地所」で特別イベント「プロ野球解説者トークショー」の開催決定を発表した。
横浜スタジアムでのホームゲームにあわせて開催するイベントは、TBSチャンネル2野球中継で解説を務めるお馴染みの佐々木主浩氏や谷繁元信氏をはじめ、豪華な元プロ野球選手をゲストに迎える。
試合前の時間に、横浜DeNAベイスターズのこれまでの戦いぶりや注目選手、当日の試合における注目ポイントをゲストに熱く語っていただく特別イベント。
▼ プロ野球解説者トークショー」開催概要
場 所:THE LIVE Supported by 大和地所
日程:8月4日(火)、8月5日(水) 、8月6日(木) 、8月9日(日) 、8月18日(火) 、8月19日(水) 、8月20日(木) 、8月23日(日) 、8月30日(日)
時間:試合前 ※開催日によって時間が異なる
内容:横浜DeNAベイスターズの これまでの戦いぶりや注目選手の紹介、当日の試合に向けた見どころ紹介、THE LIVE内飲食店おすすめメニュー食レポなど
ゲスト:佐々木主浩氏、 三嶋一輝氏、濱口遥大氏、谷繁元信氏、内川聖一氏、谷繁元信氏、槙原寛己氏、小笠原道大(出演順)
料金:無料※THE LIVEは飲食店のため、着席後は必ず飲食物の注文をお願いしている
2026年07月27日 14:08
西武は27日、西武ライオンズ海外戦略の一環として、インド出身のアクシャイ・モーレ投手と2026シーズンの育成選手契約を締結したと発表した。インド出身選手との契約は、NPB球団では初めてとなる。
モーレ投手は、194cm・88kgの恵まれた体格と高い身体能力に加え、スムーズな投球フォームから繰り出す140キロ台後半の力強いストレート、特徴的なフォークボールを武器とする投手。今年6月に実施したトライアウトで将来性を大きく評価したほか、野球歴は約6年ながら、真摯に野球に向き合う姿勢や向上心も高く評価し、このたび育成選手契約を締結に至った。
西武ライオンズ海外戦略は、外国人選手の獲得における戦力強化と、球団が培ってきた育成ノウハウを生かし、将来NPBで活躍が見込まれる外国人選手の発掘・育成体制を拡充することを目的として2025年11月から推進している取り組み。
▼ モーレのプロフィール
生年月日:2003年12月4日
身長・体重:194cm・88kg
出身地:インド
ポジション:投手
投・打:右投・右打
背番号:146
▼ モーレ
「素晴らしい機会を与えてくれたライオンズに、心から感謝しています。チームメートやコーチの皆さんから多くを学びながら、チームの勝利に貢献できるよう全力を尽くします。そして、ファンの皆さんに信頼していただける選手になれるよう、謙虚な気持ちを忘れず、毎日努力を重ね、成長し続けていきたいと思います。皆さんにお会いできる日を楽しみにしています」
▼ 広池浩司取締役球団本部長
「日本で野球をするのが夢だったモーレ投手は、長身を生かしたエクステンションの長さが特徴の投手です。MAX150キロのストレートに加え、シンカー、スプリット、チェンジアップ、カーブなどの変化球も一通り操ります。柔道ではインドの全国大会で準優勝の経験もあるアスリートで、誠実な性格にも魅力を感じています。昨年行われた中東・南アジア地域初のプロ野球リーグ「ベースボール・ユナイテッド(Baseball United)」で活躍し、今年6月のトライアウトでも今後に向けて大きな可能性を示しましたので育成契約を結ぶことにいたしました。ライオンズで大きく成長し、インドで野球をする人たちの希望の星になって欲しいです」
2026年07月27日 14:04
アクシャイ・モーレ「謙虚な気持ちを忘れず、毎日努力を重ね、成長し続けていきたい」
西武は27日、「西武ライオンズ海外戦略」の一環として、インド出身のアクシャイ・モーレ投手と2026シーズンの育成選手契約を締結したと発表した。
2026年07月27日 13:21
日本野球機構は27日、「新型日産キックス ホームランダービー」の出場選手が近藤健介(ソフトバンク)から清宮幸太郎(日本ハム)に変更になったと発表した。
なお、近藤はマイナビオールスターゲーム2026には出場予定だ。清宮はホームランダービーのファン投票では近藤に次いで5位だった。清宮は今季ここまで11本塁打を放つ。
2026年07月27日 13:10
DeNAは27日、球場内だけではなく球場外でもボールパークの雰囲気を楽しめる『ハマスタBAYビアガーデン』を、8月4日(火)からライト側芝生エリア(公園遊具付近)で開催すると発表した。
『ハマスタBAYビアガーデン』は、横浜公園内に期間限定で登場する入場無料のビアガーデンで、夏にぴったりな球団オリジナル醸造ビールやソフトドリンク、キッチンカーによるグルメなど食べながら、横浜スタジアムで開催される横浜DeNAベイスターズの試合を大型ビジョンで観戦できる。
また、ステージイベントとして、マスコット&オフィシャルパフォーマンスチームdianaによるステージに加えて、
8月28日(金)には虹のコンキスタドールのスペシャルライブ「推せ推せ!BAYガーデンIDOL LIVE 〜番外編〜」を実施する。
▼ 『ハマスタBAYビアガーデン』 概要
開催日:8月4日(火)〜 8月30日(日) 計15日間
※休業日:8月10日(月)〜8月17日(月)、8月24日(月)〜8月27日(木)
開催時間:試合開始3時間前〜試合終了
※全日程:最長22時00分まで
開催エリア:横浜スタジアム外周ライト側芝生エリア(公園遊具付近)
2026年07月27日 13:05
阪神は27日、2026年ファン感謝デーの開催日および開催場所が決定したと発表した。
今年は阪神甲子園球場が工事期間中となるため、ほっともっとフィールド神戸で開催。開催日は11月21日(土)。予備日は11月22日(日)。
2026年07月27日 13:00
第108回全国高校野球選手権大会の地方大会は27日、新たに9地区で代表が決定。
2026年07月27日 12:43
「高校野球京都大会・決勝、立命館宇治10−3鳥羽」(27日、わかさスタジアム京都)
立命館宇治が鳥羽を下して2023年以来3年ぶりとなる夏の甲子園出場を決めた。
初回1死二塁で立命館宇治の2年生主将・江原雅登捕手が中前適時打を放って先制。三回には2死満塁から押し出し死球を受けるなどして2点を追加し、3点リードの展開となった。
ただ、2点リードの六回に2死満塁から鳥羽の千田幸雅外野手(3年)に左翼の頭を越える同点の2点適時二塁打を浴びて試合を振り出しに戻されると、試合の流れはがらりと変わって劣勢に。それでもリードは許さずに粘り強く好機をうかがった。
八回1死満塁で藤川昊大内野手(3年)が左前適時打を放って勝ち越しを決めると、三塁側スタンドは歓喜。この回一挙7得点を挙げ、3年ぶりの聖地をたぐり寄せた。
2026年07月27日 12:26
「高校野球和歌山大会決勝、智弁和歌山4−3耐久」(27日、紀三井寺公園野球場)
耐久はあと一歩及ばず、初の夏の甲子園出場を逃した。プロ注目の最速148キロ右腕・野崎健友投手(3年)は10安打4失点(自責3)完投。「甲子園を目指していたので、悔しい気持ちでいっぱいです」と唇をかんだ。それでも高校生活を、「けがも多くて、去年の夏は思うように投げられなくて。今年はけがもなく決勝に上がってこられたのでいい3年間だった」と振り返った。
今後については「プロに行きたい気持ちが強いので、一からまた頑張っていきたい。(プロ志望届)は出すつもりではいるんですけど、大会も終わったのでここから先生とも話して決めていきたい」と明かした。
2026年07月27日 12:19
「高校野球東東京大会・決勝、関東第一10−4二松学舎大付」(27日、神宮球場)
関東第一が16安打10点を奪い大勝で3年連続11回目の甲子園出場を決めた。
初回、4番で主将の井口瑛太内野手(3年)の左前先制適時打、轟将太外野手(3年)の左前適時打、鈴木将生捕手(3年)の中前適時打などで一挙4点を先制。二回以降も送りバントやスクイズもからめ、硬軟自在に加点。四回までに14安打9点を挙げて主導権を握った。
先発の左技巧派・石井翔投手(3年)は緩急自在の投球で強打の二松学舎大付打線を翻弄した。初回、5球で無死満塁のピンチを招いたが、併殺と内野ゴロで切り抜けた。六回に福和田啓太外野手(3年)の左越えソロを被弾。九回は3連打で無死満塁のピンチを招き3点を失ったが、完投勝利を飾った。
米沢貴光監督は「ちょっとだけ噛み合っていなければうちがこのような点数で負けているというのが、二松学舎さんとの力関係だと思います。二松学舎さんのこのプレッシャーというのを感じながら、やらせていただいて、この試合でまた成長させていただきました」と試合を振り返った。「3連覇というのをすごく意識して、彼らに本当にプレッシャーをかけながら、でもそれに逃げずに彼らが向かっていってくれたこと、それが結果として出たんじゃないかなと思っています」と選手を称えた。
井口主将は「新チーム始まった時からずっと3連覇っていうのを意識して練習してきたので、もう、とにかくホッとしました」と笑顔。甲子園に向けて、「東東京の全ての高校の思いを背負って、東東京代表として、堂々と1戦1戦自分たちらしく戦っていきたいと思います」と誓った。
関東第一は24年は準優勝、25年は準々決勝敗退。